033 認知症になって来ても、自分の我は捨てきれない。
みなさんおはようございます。
私が、毎日掲載しているイラスト風景は、この記事と関係ないことがありますが、
ストレスを少しでも和らげるためと、理解してください。
我・・・自分と言うものはいったいになんでしょう?
生まれて初めて見るもの、お母さんの笑顔、明るい光・・・気づいたら、ダッコされていた。
ダッコされて、可愛がられることが心地いい
また、ダッコされたい
つぎは、自分からダッコして欲しいとようきゅうする。
ダッコされることは、とても心地いいことだと認識する。
このようにして、自分と言うものが作り上げられてくる。
いいように認識すれば、心地いい感覚がのこるし、悪く認識すれば、心の暗い感覚が残る。
あまやかされて育ってきたら、自分が何もしないでも周りがみんなしてくれる。してくれるから、感謝することが分からないでいる。これが、あたりまえの自分だと思っている。
そういう人が、認知症になってくると、介護している人はストレスでいっぱいになる。
「ありがとう」の一言は、人を嬉しい気持ちにさせる効果がある。
自我の強い人が介護されていると、介護している人の気持ちが分からないのでは?
いまさら、自分ができてからでは、しょうがないですが、そういう育ち方、自己の形成され方にも影響しているのかもしれません。
自我の形成は、今からでも遅くありません。認識を正していきましょう。